2.
第二話 待ち確認完了です、リーチ代走入ります!
ここ『麻雀こじま』で私のやってるのは遅番メンバーの真似事だった。
バイトしてる風だけどお手伝いに過ぎない。
ちなみに、麻雀こじまはクラスメイトの小島涼子こじまりょうこの実家である。なので、設定としては家出少女の私はクラスメイトのお家に泊まらせてもらってて、宿泊費の代わりというつもりでお店のお手伝いをしてる。決してアルバイトとかではない。という言い分で通そうという考えである。まあ、口うるさい人はいないし、警察も来ないしでなんの心配もないんだけど。一応、念の為の設定ね。
涼子とは仲良しだからここに来るのは不自然ではないし、麻雀もあまり打たないで基本的には立ち番。お茶くみや店内清掃。後片付けとか、待ってる人と暇つぶしのお喋りの相手をする仕事をしてる。レートがピン(高い。若い子向けではない額が動く)だからね。卓につく時は覚悟を決めないといけない。私にはまだ早いのよ。でも、相手が強いからって避けてばかりいたら強くなれないでしょ? 胸を借りるつもりでたまに戦わないと。
私は私に対してかなりスパルタな方法を選んだ。最短距離で強くなるような、裏ワザに近いレベル上げ。それがピン雀荘の遅番にもぐりこむ。ということ。
スタートからそんなことしてる女は多分この世で私だけだろうね。
「マコト〜! まだ働くつもり? そろそろ寝たらぁ? 私もう寝るからね」
「あっ、りょうちゃん。あと少し、あと6分働いたらちょうどいい時間だから。そしたら私も寝るから待っててよう」
(あ、マコトって私のことね。私、水崎真琴) 私にタイムカードはない。そのような証拠の残るものはひとつもないが、そこはキチッとさせたい。1時間600円&ゲーム代無料という約束で居させてもらってるのだ。
店長はキチンとしてる人だから15分区切りで給料として計算してくれてる。大ざっぱに30分区切りにしないでくれるのはとてもありがたい。
私は大ざっぱなのは苦手だ。キチキチしてる店長とは馬が合うのでやりやすかった。
「おーい、ミズサキちゃん。リーチ代走お願いー」
「はい! ……待ち確認完了です。リーチ代走入ります!」
そう言って私はリーチ者の席にある座布団をスッと背もたれの方に上げて姿勢よく座った。お客様の使用してる座布団を使ってはならない。体温が移るのを嫌がる方もいるからだ。最初にそれを店長から聞いた時には「えー、でも私みたいな美少女の体温なら感じたいと思うのがフツーじゃないかなあ」などと冗談を言ったが「かもしれませんが、これがマニュアルです。ミズサキさんもいずれは誰かに教える立場になる時があるでしょう。その時、万人に通用するマニュアルを覚えていなければここで働いた意味がない。全ての仕事は人生の糧になるように……納得しましたか?」という説明を受け、それ以来店長の言う事をしっかり聞いて、色々とメモしている。
これが『ミズサキノート』の始まりだった。
リーチ代走手牌
二三三三三四四666789 ドラ9
「? 何待ちなのそれ? 二-伍と四?」
「ちょっ! りょうちゃん! そう言うこと言っちゃダメ!! 勝負の最中だから!」
「あっ! ゴメーン」
「ばか!」
そう言いながら引いた一発目のツモは――
ツモ
一萬
「ツモ!」
「え、いーまんでもアガリなの?」
「アガリなの? じゃないよ全く。ヒヤヒヤさせないでよね。一発ツモだから良かったものの……あ、裏4で倍満の5枚です」
「「「ぐわっ!!」」」
そう、リーチ者が私を指名代走したのは理由があったの。
多面待ちでも瞬時に把握する私の能力を知っていての名指し。名指ししないと下手すると涼子が座る可能性もあるのでそれはマズイと思っての指名だったってわけ。私は多面待ちに強い。メンゼンの染め手でも瞬時に看破するのよ。凄いでしょ。
◆◇◆◇
この少女こそが、後の女流名人となる『チンイツの水崎』その人なのであった。
5.第伍話 虫対策しました! 私が一人暮らしを大通り沿いの部屋に決めたのには理由があった。向かいに蕎麦屋がある(美味かった!)というのも大きいが、騒音が必ずある大通り沿いでも暮らせるという人達なら少しうるさくしても苦情は入らないのではと踏んだのだ。 それはつまりジャラジャラと麻雀牌をかき混ぜるくらいは大丈夫なはず、ということ。 でも、そんな心配は無用だった。なぜなら私の部屋は隣も下も斜め下も空室で音を気遣う必要がまるでなかったのである。「さてさてー。りょうちゃんのおかげで完全に片付けも終わったし! 今日から2人で特訓しよっか!」「ええ? 私もやんの? 私は別にそんな麻雀は特訓してまでやりたいわけじゃないんだけどな」と乗り気じゃない涼子を巻き込んでの麻雀研究が始まった(強制)。 遅番メンバーの私にとって弱いとは生活が成り立たないことを意味する。それはつまりこの仕事を脱落しないといけないという事。 それだけは嫌だった。というか私は仕事をしたくない。私は遊び人になりたいの。 自分の好きなことだけをして暮らせる人になりたい。だったら仕事は麻雀打ちになろうと思い至った。そんな女なの! 私は! 女の子なんだからお嫁さんになって専業主婦になればいいって? バッカじゃない、あれは結局労働してるじゃないの。自分以外の人の家の面倒を見るなんてイヤよ。自分の分だけでもダルいのに。「まぁ、仕方ないから付き合うけどさ。でも毎日は来ないからね? 遊びに来た日だけ特別に付き合ったげるわ」「えー? 毎日やろーよ。なんならロフトに住み着いてもいいからさ」「やーよ。ここ虫出るし」「虫くらい良いじゃない」「よかないわ! たく、次来るまでに虫対策してよ。そしたら多めに遊びに来るからさ」「わ、わかった! ありがと、りょうちゃん!!」 数日後「こんにちはー。遊びに来たよ。ちゃんと虫対策してくれたー?」「うん! ホラこれ買ったから」 そう言って虫取り網を見せる。「……どゆこと?」「えっ、コレあれば侵入してきた蝉とかをヒョイって取れるから大丈夫じゃん?」「侵入させるな! そこからなんだよフツーはさぁ!」「えっでも蝉は食べることもできるしぃ」「食 う な !」「はい……」(ううう、りょうちゃんが怖い……こんな怒ることあるんだぁ~)(ひいいい、親友だと思ってたけ
4.第四話 一人暮らしを始める 涼子の説得もあってたまには自分の家に帰るようにしてたけど(着替えも持ってこないといけないしね)基本的に私は遅番手伝いをしては少し小遣い稼いでから涼子の部屋で一緒に寝た。 麻雀に負けて給料溶かして働いた意味が無いような日は悔しくて涼子相手に2人麻雀してたっけ。「私を八つ当たりの道具に使ってないか?」と涼子に言われたことがあるが、その通りであった。 そんな生活ではあったけど、学校はなんとか卒業。卒業後は涼子は調理師専門学校に、私は晴れて堂々と雀荘メンバーとなる。 まあ、深夜帯の遅番メンバーに『堂々と』とかいうのは無いんだけどね。私の働いてる時間は法律上『閉店時間』だ。ナイショだよ。 遅番というのは営業時間外も担当している裏仕事なのである(だからと言って深夜手当てなどがあるわけではないのだが)。 その後……。「じゃ、行くわ。今までありがとう」「何かあったら連絡するようにね」「ん、分かった」 一応、親とはちゃんと話してから私は家を出ていった。ド田舎だからね、便利な所を選ばなければ私にも家賃が払える物件はある。どこに行くにも遠いけど、自転車さえあれば行けないことはない。私には自転車も原付きもあるから何とでもなるわ。 親を頼るつもりはなかったけど、実家からさほど遠くない所に引っ越した。まるっきり知らない土地より知ってる所で暮らした方が何かと便利かと思ったし、ちょうどいい物件がたまたま近場にあったから。 2階建てアパートの2階の奥の部屋。風呂トイレ別。出窓付きのロフトあり。大通り沿いにつき騒音はあるが田舎の大通りなんてたいした騒音にはならない。通りを挟んだ向かいには蕎麦屋さんがある、蕎麦好きの私には丁度いい。その横の自動販売機には私の好きなトマトジュースがあり、それも嬉しかった。 (しかしいい部屋ねー、気に入ったわ〜) 緑豊かな山に近いのでちょっと虫は出るかもしれないけど、まあそれくらいは御愛嬌。虫はそんなに苦手じゃないしね。 虫なんてねぇ、しょせん虫でしょう? 恐怖する対象にはなり得ないというか。だって虫けらなんか人間の敵じゃないし。ただ、ムカデとかハチは勘弁して欲しいけど。痛いのだけはちょっとね。ピンポーン(誰だろ?)「はーい」 「遊びに来たよー」「りょうちゃん! 学校は?」「何いってんの、今
3.第三話 麻雀との出会い『りょうちゃん』こと小島涼子とは同じ中学校で、高校に入ってから仲良くなった。 同じ中学ということで話しかけられたのがきっかけだった。 中学生の時、親から彼女の家は家族経営の雀荘だと聞いて正直それがなんなのか全然わからなかった。だけど、ニュアンス的にはなんとなく、あまりいいものじゃないから近寄るなという意味合いを含めているのは伝わった。だからというわけではないが中学生の頃は話したこともなかった。まあ、中学の頃はクラスが一緒にならなかったというのもあるが。 高校生になって彼女とクラスが一緒になったのもあり、それで雀荘っていうのが麻雀屋さんだということを初めて知った(雀荘とか雀士とか言われても麻雀と結び付きにくくない? 麻雀の『麻』の部分を略しちゃうんだもん。アタマの文字を略すとか、そんなの珍しいじゃん)。でも、それの何が悪いのかは今でもよく分からない。 確かに店長(涼子のお父さん)は細目のスキンヘッドでおっかない見た目してるけど話してみるとめちゃくちゃ優しいし、ママさん(涼子のお母さん)はキツい脱色キメてるド金髪だけど性格は明るくて一緒にいると楽しいよ。 ……あれ? 見た目だけだとフツーにヤクザ家族だな? 違うの、そうじゃないよってこと言いたかったのに。あ、涼子の見た目は黒髪おさげのメガネ女子でいたって真面目そうよ。そう見えて全然ふざけてるけど。 涼子と仲良くなってから私は麻雀を知った。(これ、面白いな!)と衝撃が走ったわよ。個人的な評価では他に類を見ない面白さだと思った。複雑なのが逆にいいしデザイン的にもオシャレじゃない? 渋すぎる? それはあるかもねえ。もーちょっとパステルカラーとか使えば女子ウケもあるかもとは思ったわ。まあ、私は渋いのが好みなのでこのままで全然いいけど! で、あっという間にひとりで麻雀にのめり込んで(ゲーム買ってやり込んだり、本読んで勉強したりとかね)気付いた頃には涼子の家に入り浸るようになり今に至るってわけ。 涼子と仲良くなってから、よく彼女の家で夜遅くまで牌を握ってた。 最初はルールを覚えるだけで精一杯だったけど、涼子が「負けても楽しけりゃ勝ち!」って笑うから、気楽にのめり込めたんだよね。店に集まる常連のおじさんたちともたまに遊んでもらって、負けながら考え方を学んだ。あの時のドキドキと笑い声が
2.第二話 待ち確認完了です、リーチ代走入ります! ここ『麻雀こじま』で私のやってるのは遅番メンバーの真似事だった。 バイトしてる風だけどお手伝いに過ぎない。 ちなみに、麻雀こじまはクラスメイトの小島涼子こじまりょうこの実家である。なので、設定としては家出少女の私はクラスメイトのお家に泊まらせてもらってて、宿泊費の代わりというつもりでお店のお手伝いをしてる。決してアルバイトとかではない。という言い分で通そうという考えである。まあ、口うるさい人はいないし、警察も来ないしでなんの心配もないんだけど。一応、念の為の設定ね。 涼子とは仲良しだからここに来るのは不自然ではないし、麻雀もあまり打たないで基本的には立ち番。お茶くみや店内清掃。後片付けとか、待ってる人と暇つぶしのお喋りの相手をする仕事をしてる。レートがピン(高い。若い子向けではない額が動く)だからね。卓につく時は覚悟を決めないといけない。私にはまだ早いのよ。でも、相手が強いからって避けてばかりいたら強くなれないでしょ? 胸を借りるつもりでたまに戦わないと。 私は私に対してかなりスパルタな方法を選んだ。最短距離で強くなるような、裏ワザに近いレベル上げ。それがピン雀荘の遅番にもぐりこむ。ということ。 スタートからそんなことしてる女は多分この世で私だけだろうね。「マコト〜! まだ働くつもり? そろそろ寝たらぁ? 私もう寝るからね」「あっ、りょうちゃん。あと少し、あと6分働いたらちょうどいい時間だから。そしたら私も寝るから待っててよう」(あ、マコトって私のことね。私、水崎真琴) 私にタイムカードはない。そのような証拠の残るものはひとつもないが、そこはキチッとさせたい。1時間600円&ゲーム代無料という約束で居させてもらってるのだ。 店長はキチンとしてる人だから15分区切りで給料として計算してくれてる。大ざっぱに30分区切りにしないでくれるのはとてもありがたい。 私は大ざっぱなのは苦手だ。キチキチしてる店長とは馬が合うのでやりやすかった。「おーい、ミズサキちゃん。リーチ代走お願いー」「はい! ……待ち確認完了です。リーチ代走入ります!」 そう言って私はリーチ者の席にある座布団をスッと背もたれの方に上げて姿勢よく座った。お客様の使用してる座布団を使ってはならない。体温が移るのを嫌がる方もいるか
1.「ガー ガー」 鋭く響く声で、時に低く喉を鳴らすような音も混じる。リズムは不規則で、短く切れ目なく連なる場合もあれば、間を置いて一声だけ響くこともある。どこか金属的で、荒々しくも力強い、ただひとつわかることは。この子は多分「起きろ!」と言っている。 カラスが今日も私を起こしに来た。「おはよう、カー子。今日もありがと」ジリリリリリリリリ カラスに少し遅れて目覚まし時計が鳴る。カチ 「今日はカー子の勝ちだったねえ」「ガー!」 コチ、コチ、コチ、コチと秒針を進める目覚まし時計がなんとなく悔しそうにしてるように見える。 あたりは夕焼けに染まり人々の一日が終わろうとする中で私の一日が始まる。私は雀荘の遅番。夜に始まり朝終わる。そんな仕事をしている女だ。女性では珍しいことだが、いないわけではない。そんな人間だってこの世界には存在しているのだと知って欲しい。 そのことを、知って欲しくて毎日少しだけ、書き物をしてる。 時は遡って、私がメンバーの真似事をし始めた頃の話から読んでくれますか? ここから先、めくるページは、そう……私の書いたちょっと不思議な自伝の物語―― ◆◇◆◇その1第一話 私のアミューズメントパーク 私は雀荘に対してマイナスのイメージを持ってない。大人が遊ぶ娯楽施設。アミューズメントパークとかの括りだと思ってるから。だって、そでしょ? 好きな遊びをやる。そこに使用料を払う。フツーのことじゃない? なんでこれがアンダーグラウンドな括りにされてしまうのか理解できない。時代は平成ですからね? そんな風に私と同じ思いをしてる人はこの世界のどこかにいるはずだ。と思いながらこの熱い想いを当時働いてた雀荘の店長に伝えると。「まあ、ミズサキの言い分はわからなくもない。わからないわけでもないが、まずは高校を卒業しろ? 年齢隠して深夜の雀荘でバイトみたいな事してる女子なんてのは世界広しと言えどもさすがにミズサキ1人だけだろうからさ。 うちはテキトーだし郊外でポツンとある店だからそれも可能とは言え、とんでもないことしてるのは間違いないからな?」「う、わかりました……。それはそうか」 この店『麻雀こじま』はド田舎の商店街の端っこ。それも少し商店街から離れた位置にある一応商店街に参加してるよというだけの店。みんなからは『離れ小島』なん